小学校でチャイムとトイレ掃除がなくなったとき
とある小学校の話。
チャイムの鳴らない小学校
最近、とある小学校で授業開始前後のチャイムが鳴らなくなったとのこと。
理由が「チャイムがうるさい」から。
小学校近くにマンションが建てられた際、その住人からの苦情によりチャイム停止となったそうです。
子供達への影響はって言うと、特に低学年の子だと授業開始に気づかないことも多く、また、騒音抗議もあるため、校庭で遊ばせないそうです。
運動会の時、昔は花火(信号雷)で合図を出してましたが、これもウルサイとの苦情で廃止になってしまったと聞きました。
まあ、こちらはメールか何かで連絡したほうが効率的かなとは思いますので、そんなには不便を感じませんけど。。。
トイレ掃除のない小学生
最近、とある小学校で子供たちが小学校のトイレ掃除をなくしたそうです。
理由が「子供にトイレ掃除させるなんてとんでもないという苦情」のため。
結果、清掃業者が入るようになったそうですけど、予算のない公立小学校。
清掃業者による清掃は月1回だそうです。お陰でめちゃくちゃトイレが汚い。
その小学校では、溶連菌やインフルエンザの集団感染が時折発生していると聞くのですけど、そういった衛生管理がきちんとできてないことが原因じゃないだろうか。。。
苦情を申し出た親からすると、子供に不衛生なトイレ掃除を行わせたくないって思いで苦情を言ったのでしょうけど、結果として不衛生な生活をおくらせているんじゃないのかなって思います。
で、「トイレ掃除を復活させるべきだ」と別の親が抗議したところ、「全ての親御さんが、貴方のようなご理解のある方ばかりではないので。。。」と言葉を濁されてしまったとのことです。
先生、大丈夫か。。。
いずれのエピソードも、親や周囲からの苦情で子供らがかえって学校生活のクオリティを低下させている事例なんですけど、それって違うよなあってのが感想。
基本、学校のお客は誰かっといえば子供だと思うんですよね。
で、親はあくまでスポンサー。
オッサンも仕事柄調整を行うことよくあるんですけど、調整の基本は落とし所。一方的な要求を受け入れることは調整とは言いません。
なわけで、先生方の判断は、子供らの方ばかりに調整の歪みを負わせることになっていて、これってステークホルダーとの調整になってないよなあと思います。
本音で言ってしまえば、先生方には苦情を行ってきた親や近隣住民に対して理解を求めるようにして、子供らの生活環境の悪化は最小限にして欲しかったです。
で、今回のエピソードを通じて、もうひとつ懸念があります。
このように、親や近隣住民などの「大人」発の要求、問題に対して右往左往しているってことは、いじめや学習の遅れなど、「子供」発の問題に対しておろそかになっているんじゃないだろうか。
例えば、いじめについて。
子供に目を届かせている親がいる場合、先生方は親から苦情が来た場合の対処に困るので積極的に対処しようとする反面、共働きで忙しく子供と中々対話できない両親だったり、子供を放置気味で無関心だったりする親だったりした場合は、対処が後ろ回しになってしまったりするのじゃあないだろうか。
本来であれば、子供から発せられた問題は、子供たち目線で問題の重要度・優先度を判別するべきところ、親の目線が重要度・優先度の基準となってしまい、深刻度を高めることになっているんじゃないだろうか。
となった場合、子供を守るためにも親は多少過剰になったとしても、学校の活動を監視しなければならない。
その結果、親はますます学校に対して苦情、プレッシャーを与えることとなり、モンスターペアレンツ化してしまう、更に問題を拡大させるということになるのじゃあないだろうか。
そんな不安を感じてしまうわけです。
まとめ
近年よく聞く(?)話です。
過剰に報道されているだけじゃ、とかただの噂では、と思っていたのですけど、自分が直接目にする機会があるとは思いにもよりませんでした。
ちょっとショックです。
先生、親、周辺住民、皆が納得できる方法はないものだろうか。。。
モラルの問題と片付けるには、些か複雑化しすぎてしまった気がします。
以上